太宰治「待つ」について 

 ずいぶん前のことですが、ある方から太宰治は「待つ」で「何を待っているのか」という質問を受けたことがあります。これは非常に難しい問題だと思います。この作品の書かれたのが昭和17年1月(本文末尾の注記による。初出は創作集『女性』昭和17年6月)で、太平洋戦争の勃発が昭和16年12月ですから、何か関係があるのかもしれません。

 ところで、太宰治はこの作品を『女性』に収録するに際して、昭和17年3月29日付の書簡で、真杉静枝『妻』の跋文に「待つといふひと言さへもはばからる云々」という短歌があるのを見て、「つまらぬ誤解を受けたくありませんので、どうか、題を「青春」と改めて下さいまし云々」と書いています。この文章から感じられるのは、太宰治が必ずしも「待つ」という題にこだわっていないということです。問題は「つまらぬ誤解を受けたくありません」という部分にあるような気がします。この作品が最初「京都帝国大学新聞」に依頼されたものの「内容が時局にふさわしくない」という理由で掲載されなかったと、津島美智子が書いているのも何か気にかかります。
 
 話を元に戻して、太宰治は「待つ」で「何を待っているのか」ということについて、佐古純一郎氏は、「愛という単一神」「イエス・キリスト」を待っているのだと言われています(『太宰治の文学』1992・4 朝文社)。また、奥野健男氏は「それは、神、救い、と軽々しく口に出してはならぬ、何かなのだ。」と述べられています(『太宰治論 増補版』昭和41年4月 春秋社)。いずれにせよ、お二人とも宗教的なもの、言い換えればキリスト教的ななものを待っていると解釈されているわけです。
 
 でも、本当にそうなら、題名を「青春」に改めてくれなどと申し出るでしょうか?

 「つまらぬ誤解」という言葉からも、作者はこの作品を自分の意図とは違った読み方をされるのではないかと感じていたように思われます。当時は太平洋戦争が始まってまもなくの時期であり、あらゆるものが戦争一色に染まり、前年にはキリスト教会の合同統一が実施されています。このことをふまえて、太宰が「つまらぬ誤解」と言ったとは考えられないでしょうか。つまり、作者は、この作品にキリスト教的な意味はないよと言いたかったのではと。では、太宰はいったい何を待っていたのでしょう?
 
 昭和16・7年頃の書簡を見ても、あまりキリスト教的なものは伝わってきません。当時、塚本虎二の「聖書知識」を読んでいたくらいですから、全くないとは言えませんが、キリスト、キリストという感じではないのです。作品には確かに、キリスト教的なものや聖書からの引用が数多く見られますが、私としては太宰と聖書の関係は、作家と素材の関係の域を出ていないように思えます。だからこそ、彼は信仰の道に入れなかったのではないか。あれほど深く聖書を読んでいて、なおそうであったということは、キリスト教的なものや聖書は、やはり素材でしかなかったのでしょう。では、掌編「待つ」で待たれているものはなにか。

 ここで、「つまらぬ誤解」「内容が時局にふさわしくない」が前面に出てきます。「待つ」で待っている対象が、「イエス・キリスト」とか「神、救い」などではなく、太平洋戦争突入という「時局にふさわしくない」内容だとしたら、どうでしょう?
 
  そうです。「平和」、それも宗教的、政治的な意味ではなく、作家としての自分の生活が守れるような「平和」な世界、「待つ」の主人公とともに太宰治が待っていたのは、これではないかと、私には思えるのです。